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Travel back in timeーGDO創業20年を振り返る【第1回】

自由なゴルフは楽しい! ビジネスの種を見つけた米国留学時代


ゴルフダイジェスト・オンライン(GDO)は2020年、創業20周年を迎えた。創業記念日である5月1日は、コロナ禍による緊急事態宣言の真っ只中。ゴルフのトップシーズンにプレー数は激減したが、新しい生活様式が普及し始めた夏になると、密を避け、開放感を求める人々が急速にゴルフ場に戻ってきた。(※)世界が予測不能な環境変化に直面した荒波の一年。パンデミックに対応する中で、2000年にGDOを興した代表の石坂には、さまざま去来する思いもあったという。「インターネットを通じてゴルフの変革をリードする」という理念を掲げた創業時から振り返り、いま思うことを自らの言葉で語る。



僕は、ゴルフが好きだ。

アスリートゴルファーのごとく貪欲にスコアアップを追求するというよりも、さまざまなゴルフ場へ行きプレーをするのが楽しい。一緒に回る人との交流、ベストスコアを更新すること、ロングドライブに気合を入れること。そういったことすべてがゴルフの魅力だと考えている。だが社会人になってからの一時期、コンペの幹事や接待ゴルフなど「ビジネスゴルフ」を経験するうちにゴルフが苦痛だと感じていたこともある。そんな期間を経て、改めてゴルフの素晴らしさを発見したのは米国留学時だった。ゴルフの楽しさにもう一度目覚め、そして起業の種を見つけたのもその時だ。今回は、その原点をお話ししたいと思う。

僕が社会人になった1990年代は、ほとんどのゴルフ場が会員制だった。関東圏だけで500から700程度のゴルフ場が存在していたにも関わらず、会員権を持たないビジターが予約できるのはごく僅かなゴルフ場だけ。そして、どこのゴルフ場も社用族であふれ、クラブハウスに入るにはジャケット着用、プレーといえばキャディー付きがスタンダードだった。

 

三菱商事エネルギー部門で勤務した新人時代。グローバルビジネスの基本を学ぶ


当時の僕はゴルフ経験が長い若手社員だったので、コンペや接待では“永久幹事”となりつつあった。毎回ヘトヘトになるまで幹事業務をする。ラウンドができるのは背広幹事ではないときだけ。入社1~3年目の収入では高いプレー代に、週末の一日仕事。これが僕の社会人初期のころの「ゴルフ」のイメージだった。そして…正直、オヤジくさい。ゴルフがだんだん苦痛になっていた。

それが一変したのは、米国のビジネススクールに留学した時。授業やクラブ活動を通じて知り合った友人たちと、学校の休みを利用しては寸暇を惜しむ勢いでゴルフをやり始めた。とにかく楽しい。のびのびと、やりたいからやるゴルフ。あっちこっちとゴルフ場を巡り、ゴルフを通じてさまざまな人と出会い、親しくなっていく。なんて、素晴らしいのだろう! 日本の社会人生活ですこし嫌になりかけていたゴルフを、再び好きになるのにさほど時間は必要なかった。

 

米国では、憧れのゴルフコースにも足を運び、心の底からプレーを楽しんだ


僕が留学をしていた当時は、まさにインターネットベンチャーブーム。気が付けば、その時代のアメリカそのものの高揚感や大学院の熱気に呑まれていた。インターネットが秘めている可能性に興奮し、起業への夢も少しずつ芽生えるようなっていた。


そして、あるインターネットビジネスの授業が僕の人生を方向付けることになる。ビジネスプランの課題で、"日本におけるインターネットゴルフビジネスの可能性"について事業計画を書くことになったのだ。最初に思いつき、レポートに取り掛かったのは1998年の秋頃だった。


当然、レポートを書き出す前にさまざまな調査活動が必要だった。

まずは、日本のゴルフ業界について調べること。この点では、頼れる存在がいた。母方の祖父がゴルフの専門誌を発行するゴルフダイジェスト社を日本で創業している。その時すでに3代目として従兄弟の木村玄一氏が社長を務めていた。専務は、その弟の木村正浩。正浩氏とは大学時代のラグビー部の先輩後輩でもあり、非常に親しい仲だ。事前に相談をし、調査に協力してもらうことは快諾済みだった。

そして、もう一つは「インターネット利用の実態調査及び、ネット上のゴルフサービスについての利用意向調査」だ。調査の目的は、自分の持っている仮説を立証してみること。この調査は、アメリカにいながら日本にいるゴルファーに、メールまたはファックスで複数の項目にわたるアンケートを取るという成功の保証がない挑戦でもあった(当時、インターネット調査はまだ一般的ではなかったので、さまざまな知り合いをたどって、一人ひとりアナログに依頼した)。

 

知り合い、紹介…ありとあらゆる手段を使って回答を集め、調査を進めた


自分が立てた仮説とは、「日本のゴルファーには一定数以上PCとネットアクセスの環境をすでに持っている人がいる」というもの。さらには、「こうした条件を満たす人たちほど、価値のあるサービスがネットで提供されれば、積極的に活用する」という仮説である。

1998-99年当時、パソコンの価格や通信接続費用は高く、個人利用率は低かった。かなりITに興味・関心がある人でないと使っていない。しかし、そういった利用者ほどゴルファー層と重複する確率が高いのではないだろうか。つまり、「ゴルファー」という分類が他の顧客分類と比較してもネット利用率は高いのではないか、という考えだ。

最終的に、100人強のサンプルが集まった。調査結果を通じて、僕の持っていた仮説が正しかったこと、ネットのゴルフサービスは必ず当たるだろうということ、その2つの確信を持つことができた。と同時に、この調査活動はとにかく楽しく面白く…いわゆるマーケティングの重要性と面白さに初めて触れる機会ともなった。

 

石坂がマーケティングの重要性を感じた原体験は、事業経営に反映されている


こうしてゴルフネットサービスの潜在需要に手応えを感じた一方、日本のゴルフ業界の厳しい状況も徐々に理解をしていった。最も印象的だったのが、ゴルフ場の不良債権問題だ。それまでは数多くのゴルフ倶楽部が会員権売買モデルに依存してきた。それがバブル崩壊とともに会員権市場も一気に冷え込み、コース経営を圧迫する最大要因となっていた。これこそ、新規サービスのチャンス、とさらに事業への確信が深まった。

レポートでは、従来型の紙メディアが新たにインターネットチャネルをどう位置付けるべきかを提案。今後も雑誌不況が続く中で、インターネットによるゴルフ関連サービスは大きなビジネスチャンスでもあること。また、この転換期にゴルフ業界全体の活性化がいかに図られるべきかにも言及。そして、やり方としてどう進めるべきかを提言してレポートを締めくくった。

約半年の作業を経てレポートを完成させ、教授に提出。無事単位を取得し、(評価点としては並だった…)大学院を卒業した。

 

ゴルフの魅力に再度目覚め、ビジネスプランの種を見つけた貴重な留学時代


ゴルフダイジェスト社の木村正浩専務にも、いろいろと協力してもらったので彼にもレポートを提出。そして1999年の初夏に帰国し、まずは三菱商事に復帰した。復職した部署は、留学以前のエネルギー部門ではなく、自らが希望して手に入れた金融部門だった。金融と言っても、M&Aの支援や投資事業という分野。そして、この部門での業務を通じて自分でゴルフビジネスを起業すべきという確信が次第に深まり、1999年の11月には三菱商事を辞める決意をした。

 

(第2回に続く)


 

(※)弊社データ「ゴルフ場送客件数」の実績。2020年8月において、ゴルフ場送客件数は前年比125%以上となり、当社8月実績としては過去最高を記録した。
https://company.golfdigest.co.jp/news_press/detail/id=1801

 

 
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